[登場人物]
八五郎 吉っさん 同業者仲間 仲居さん
■新年会、酒も呑めんのにあんまり行きたないんやけどなぁ。吉っさん、どないする? ○わてもあんまり気は進みまへんねんけどね、おとうちゃんの葬式に皆来てくらはったんで、その礼だけは言うとかないかんなぁと思てますねん。■そらそやなぁ、それが大人の礼義ちゅうもんや。わしも顔出しくらいしとかないかんか。
新年会と言いますと、普段お呑みにならん方でも気分が盛り上がって、まぁ一杯ちゅうようなことになります。正真正銘の酒呑みがそんなとこへ出ていく訳ですから、果たしてどうなることやら。
■やぁ、みなはんお久しぶりでおます。○父親の通夜・葬儀の折には、お忙しい中いろいろお世話になりましておおきありがとさんでございました。★いやいや、大変でしたなぁ。☆ほんま、ご苦労はん。まあ、一杯いこ。○こらぁどうも。ほな、一杯だけ。★八っつぁんもまあ一杯。■ああ、こらぁどうも。ほなちょっとだけ。
○八っつぁん、よろしいんか呑んでも。■一合までは、ええやろ。今日は二合まででも・・・。☆二人で何をぐちゃぐちゃ言うてまんねん。底なしのフカみたいな人が、一合たら二合たら。ぐう～といこ、景気ように。○おおきに、ほな軽～に。
★お～お～、やってますねえ、呑んれますねぇ、わたいのも、うぃ、ちょっ、ちょっとらけ、受けて、もらえますかぁ。すびませんねぇ。■もう酔うてんのかいな、器用やなぁ、あんた。それより、あんたどっか空気抜けてんのとちゃうか。
★部分入れ歯が入ってると物が食べにくいのれ、ちょっとはる(外)したのれすよ。○何の為の入れ歯でんねん。空気漏れ漏れでっせ。★何れすかぁ、これ。八っつあん、何れすか。これ缶ビールれしょ、この料亭は座敷に缶ビーールを出すのれすかぁ。
○ちゃいまんねん。これ八っつぁんの持ち込みでんねん。★何んれす、持ち込み? そんな大胆(らいたん)なこと許されるのれすかぁ、ここわ。■いやいや、そやないねん。事情があって今、深酒止めてんねや。ほいで、アルコールのないビールをこうやって持参してきたちゅうこっちゃ。
★このビール、みたことのない缶缶れすねぇ。♪見たことの～ない缶れすから、見たことの～ない～味がするれしょう♪と。わたいもちょっとよばれちゃおうかなっ。■なんぼでも。★すびませんねぇ。ぐび～。ほぉほぉ、旨い。これ、旨いれす。
◆おしぼり、お替えしときます。■ああ、お姐さん、おおきに。☆わたいも一つ、この変わったビール、よばれてよろしおまっか。■どうぞ、どうぞ。☆うん、これいけまんがな。昔のノンアルコールビールは何や妙な味してたけど、これは、いけまんなぁ。
★あれぇ・・・、あれぇ、ありませんよ。○どないしはりましてん。★わたいの部分入れ歯、ご存知じやないれすか。さっきまれここに置いてあったのれすよ。☆ここてどこでんねん。★おしぼりに包んれここへ置いといたんれすよ。■おしぼりなら、さっきお姐さんが新しいのに取り替えてくれたで。★え～っ。お姐さぁ～ん、おしぼり、わたいの歯ぁ、返してくらさ～い。
〔補 足〕
・半年の間、宴会、吞み会には、鞄にノンアルコールビールを詰め込んで参加した。物珍しさからか、座持ちの小道具になった。
・部分入れ歯の話は嘘みたいなほんまの話。彼の歯は、現在ではインプラントになっている。初めからそうしときなはれ。
・八五郎がノンアルコールまで動員したのは、禁酒の意志が固かったと言うより(自慢やないけど意志は弱い)あの気色悪い離脱症状の再来が怖かったからである。
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