2011年2月28日月曜日

その3 離脱症状はやんわりと (2007.9.17)

[登場人物]
八五郎  八五郎の家内

■我ながらよう続いとんなぁ。ウィスキーやめてもうじき三週間か。ちょっとも呑みたいとは思わんけど、朝顔洗う時に何や頭がキューッと縮むような感じがすんねやなぁ。バイク乗ってる時も、時々口元がピクピクしよる。気色わるいであれわ。

○あんた、晩ご飯できました。■ハイヨ。さてと、晩酌は遠慮せんでええねん。酒のない晩飯てなもんは涙出よるさかいなぁ。○今日の肴は鰹のたたきでっせ。■ああ、極楽ごくらく。まだまだこの暑い時期は冷酒やねぇ。おっとっとと、きゅ~っ。ああ、旨い。○あんた、無理したはんのとちゃうの。

■何が? ○ウィスキーでっしゃないか。なんや昼間、ちょっと元気ないように思いまっけど。■そうかぁ、そう見えるかい。いやな、何や妙に落ち着かん気分ではあるねん。それが、こうやって晩酌するとふうっと軽うなって、頭の後ろから首にかけての凝りがほどけていくんやなぁ。○禁断症状ちゅうのとちゃいますか、それ。

■そんなあほな。アル中の人間の禁断症状ちゅうのは、酒やめて三日目から強烈なやつが出るらしいで。わしの場合は、ちゃうやろ・・・と思う。○無理せんでよろしいねんで。もう久七も一人前、バイクで行かんならんとこはあの子に任して、あんたは歩いて行けるとこだけのんびり行かはったら・・・。

■いや、ウィスキーはちょっとも呑みたいとは思わんねや。もうちょっとしたら、体も慣れてくるやろ。ウィスキーから離脱できたら、解脱もそう遠いこっちゃないで。

〔補 足〕
・「解脱」・・・仏の覚を開くこと。
・八五郎は妻の前では強がっていたが、実はアルコールの離脱症状のこ
 とも、緊張で声が震える持病のことも、インターネットでいろいろ調
 べていたのだった。ただ、よく書かれているような幻視・幻聴などは
 八五郎にはなかった。
 八五郎の名誉の為に断っておくが、彼には酒乱の気など一切ない。は
 しご酒や連続飲酒の癖もなく、甚だ行儀のよい酒呑みである。
社会不安障害情報総合サイト  http://www.sad-net.jp/#
アルコール依存症関係

・法事は息子の久七に担当してもらい、できるだけストレスがないよう
 にしていた結果、期待通り離脱症状らしきものは徐々に快方に向かっ
 ているかに思 えたのだが・・・。



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その2 誰も決意を信じない (2007.9.1)

[登場人物]
八五郎  八五郎の家内  せいちゃん(八五郎の息子の嫁)

○あれ、亀さんもう帰ったん?  ■わしの決心を賭けの具にしくさってからに、なんちゅう奴や、ほんまに。わしの友達にロクなんおらんで。○まあまあ、よろしやないの。却って張り合いが出来ましたやないかいな。
☆ただいまぁ。お母はん、これもろて来ました。○せいちゃん、ご苦労さんやったな。その辺へでも置いといて、後でゆっくり見せてもらうさかいに。☆やあ、お父はんもいたはりましたん、ちょうどよかった。○せいちゃん、しっ。■なんや、その「しっ」ちゅうのは。お前、今器用に片目つぶったなぁ。

○いややわぁ、花粉で目ぇが痒いもんやさかい。■九月に花粉症もないやろ。ははぁん、わしに何か隠しとんな。せいちゃん、それこっち持っといで。☆へぇ、そやけど、お母はん・・・、どないしまひょ。○バレたんなら仕様おまへん。せいちゃんに自転車のカタログもろて来てもろたんですがな。■自転車? 誰の?

○誰のて、あんさんのに決まってますがな。■わしの自転車?  わしはバイクがあるがな。あれ乗るためにウィスキーやめたんやがな。○まあ、そうですけどな・・・。■さてはお前らも亀さんと一緒やな。わしの禁ウィスキーが三日と続かんと思て。えー加減にしぃや。☆まあまあ、お父はんそない怒らんと。■喧しい。こないなったら意地でも禁ウィスキー(何遍言うても語呂悪ぅ)続けるぞ。☆お父はん、せぇだい気張っとくなはれ。わたしは応援しまっせ。

■せいちゃん、あんただけや、そないして応援してくれるんわ。
☆お父はんの禁ウィスキー成功したら、用の無うなった自転車、わたしがもらえますやろ。

〔補 足〕
・そもそも八五郎がウィスキーでモーニングブレイクするようになったのは、檀家の法事などで緊張すると声が震えるからであった。二十年も前から内科医にインデラル錠を処方してもらっているが、三週間分21錠あれば二ヶ月はもった。しかし、ウィスキーの方がはるかに手軽で、八五郎の好みに合っていた。これが落し穴になるとは・・・。
・ウィスキーをやめても法事を乗り切れると思ったのは、毎日インデラル錠を服用すればなんとかなると高を括っていたからであった。アルコールの離脱症状は八五郎にとって想定外のことであった。
インデラル錠に関する情報
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se21/se2149014.html

2011年2月27日日曜日

その1 ウィスキーとの別れ (2007.9.1)

[登場人物]
八五郎  亀さん(八五郎の学生時代からの後輩)

●八っつぁんいてるかぁ。もしもし、いてるか。もしもし。■亀さんやろ。いつも声掛けんと上がってくるのに、何そんなとこで「もしもし」言うてんねん。さっさと上がっといで。●はあ? えらい元気やがな。どないなってんねん。■病気やとでも思てたんかいな。●えっ、死にかけちゃうの。吉(よっ)さんからあんたがウィスキーやめたちゅうて聞いたもんやさかい、てっきり。■何かえ、わしがウィスキーやめたら死にかけかい。

●普通の人なら別にどうちゅうことはないで、せやけどあんたはそうはいかん。ウィスキーのこと生命の水や言うて、モーニングブレイクや言うてはウィスキー、昼間もお茶代わりにウィスキー、晩酌で日本酒呑んでる時以外はいつも片手にウィスキー。ウシュクベリザーブを年に一グロスも消費するやて、表彰もんやで。そんな人間がウィスキーやめたちゅうことは、こらぁもう死にかけに違いない、今のうちに悔み言うとこ思て・・・。

■悔み? そら死んでからのこっちゃ。見ての通りピンシャンしてるがな。●ははぁん、わかった。空元気で人安心さしといて、ころっと逝ってびっくりさそと思てるな。あんたはそういう人や。■理由(わけ)言わんとわからんやろけど。●あっ分った。金が無うなった。とうとうウィスキーで身上潰したか。■違うっちゅうねん、実わな。

●みなまで言いな。上(かみ)さんにどやされた。「ウィスキーやめなんだら放り出す」ちゅうて。■黙って人の話が聞けんか、亀のくせにせかせかしてからに。実わな、こないだバイクに乗ってて飲酒検問に会うてな。●ほれみいなやっぱり、酒気帯びでごっつい罰金とられて金無うなった。■喧しいわ、人の話は終わりまで聞けっちゅうねん。風船はやったんやけども、基準値まではいかなんだ。

●ほなそいでええがな。何でウィスキーやめるちゅな理不尽なことを。■風船膨らましながら思たんや。これで新聞に載ったら、檀家にも迷惑を掛ける、家内や息子夫婦も恥をかく。よし、もうウィスキーはやめよ、そない決めたン。●へぇー、そら感心な。■わかってくれたか。●わかったわかった。ほで、ウィスキーやめてブランデーにでもすんの。

■わからん奴やなぁお前は。●冗談やがな、まあ、そないしとこかい今日のとこは。■今日のとこは? ●あんたのこっちゃ、どうせ一週間、いや五日、いや三日と続かんやろ。これがほんまの三日坊主や。■ぬかしたな。●まあまあ、怒りないな。しかし、こらあおもろい。あんたの禁ウィスキーが何日もつか、皆で賭けしたろ。善は急げや、先ずは吉(よっ)さんとこ行てくるわ。ほなごめん。

■おい、待たんかい。おい。ああ、行てまいよった。落ち着きのない奴やで。これがほんま、落ちの着かん話。

〔補 足〕
・八五郎 1949年生れ。高校教師を八年間勤めた後、自坊の住職となる。
・禁ウィスキー開始  2007.8.30 日本酒による晩酌は例外であることに注意。
・●■などの区切りをはじめとして、文章スタイルのすべては、読む上方落語[世紀末亭]のパクリ。上方落語ファンの方なら是非一度「世紀末亭」をお訪ねのほどを。http://homepage3.nifty.com/rakugo/index.htm




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